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<再生への旅3 > 熊本地震・本震の日

 

 

シリーズ化して<再生の旅>となった

2016年熊本地震からの流れを綴っております。

 

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(これまでの記事)タイトル、クリックすると記事に飛びます。

 

vol. 00 新たな旅のはじまり、はじまり☆

vol. 01 宇宙の采配~すべてはなるようになっていく

vol. 02 熊本地震と母の還暦

 

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<再生への旅シリーズ * 3

熊本地震・本震の日

 

 

 

熊本の自宅マンションに戻った時には

熊本→大分→福岡→熊本の5時間近い運転と、

からだが緊張していくのとでどっかり疲れておりました。

 

 

車を駐車場にとめて、マンションエントランスに到着し、

いざ、自宅へ戻ろうとすると

なんと!エレベーターが動いておらず・・・

 

13階まで階段で上がることに。。。

 

 

 

 

途中途中、休みながら

(体力なさすぎですね。。。)

 

やっと13階に着き、玄関扉を開けると、

そこにある空間に唖然としました。

 

 

とても靴を脱いで歩けるような状態ではなく

モノは散乱しているし、家具は倒れているし

 

これは、現実なのか?幻想なのか?

よくわからなくなってしまい、からだも動かないしで

荒れ果てたリビングで

困り果てたまま、1時間ほど固まってしまいます。

 

 

とにかく、片付けなければ!とおもいつつ

どこから手をつけていいのかわからず。

 

 

 

 

ひとまずガラスの破片など、危なさそうなものから

少しずつ少しずつ片付けはじめるも、あっという間に日も暮れ、、、

 

 

 

 

夜10時頃だったかな。

 

義家族から何度も

「そこは高いし危ないから、

こっち(義実家)の方に来てた方がいいんじゃないか」と

連絡をもらっていたのですが

 

そのたびに「もう少し片付けてからにします」と

言い続ける私を見兼ねたのか

 

義妹から再び連絡がって

「オンニ、いま、マンション前まで来てるから

今からそっち行くから。」と。

 

 

それで、義実家の方へ移動して

オープンしていた近くの居酒屋で遅い夕食を。

ほとんど喉を通らず。でしたが。

 

 

その日の夜は、

義実家は、あと一回、大きな地震がくると

ほぼ間違いなく全壊するだろうから。と、

万が一を考えて、義妹と一緒にリビングのテーブル下で寝ることに。

 

 

 

 

なかなか寝付けず、

このまま揺れも収まるような気もするし

マンションに戻って片付けようかなぁ、

どうしようかなぁとぼんやり考えながら

知らないうちに眠ってしまっていました。

 

それから1時間ほど経った頃、

ドン!という地響きと共に大きく揺れ始めます。

 

いわゆる「本震」といわれたものです。

 

 

 

テーブルの脚につかまって

このままいると

そのうち収まるだろうと呑気に

揺れを感じていたのですが、

 

外から

「オンニ―!オンニ―!」と義妹の呼ぶ声が。

 

 

これまた呑気に

「はーーーい!」と答えると

「早く出てこないと!下敷きになる!」との叫び声を聞いて

 

あっ、そうだった。。。汗

と、急ぎ足で玄関を出ました。

 

 

 

 

そこからは、終わりのない

アトラクションに乗っているような感覚で

 

揺れに逆らうよりも

揺れのリズムと共振していた方が

からだが安定する気がしたので

ただただ、揺れのリズムを感じながら

そのリズムにからだを合わせることに集中。

 

 

それが良かったのか

地震酔いはせずにすみました。

 

 

 

 

その後、

朝方4時だったか5時頃だったか、

義弟夫婦に生後半年の小さな赤子がいて

 

義弟のパートナーが

同じ北九州から熊本に嫁いだ子だったので

姪っ子とその子(お嫁さん)を連れて

ひとまず北九州に避難しないと!と車を出しました。

 

 

 

後で知ったのですが、

出発があと30分でも遅れていると

通った道がその後、封鎖されたそうで

 

ここでも何かに守られているような気がして

感謝せずにはいられませんでした。

 

 

 

 

つづく。