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vol.126 空と宙と雲と

 

 

先ほど投稿した記事の続き的な記事です。

川棚(山口県)の大きな大きな楠木に会いに移動中、

車中で夏の雲を堪能。

 

突如、娘が雲を見ながら「あれ、きのこ雲みたい」と言った後

原爆の話をし出しました。

昨年、娘の学校で原爆についてのお話会があったようで

資料がどこに埋もれてるかわからないのですが。。。汗

 

その時の話を思い出したようで、事細かに話してくれました。

長崎に資料館がある名を残した方のようなのですが

全く思い出せない。。。汗

なんか、医者だったような気がするのですが。

で、寺小屋的なこともやっていたらしいのです。

資料みつかったら、別記事にするか、ここの場に追記します。

 

 

原爆って北九州に落とす予定だったんですよね。当初。

それが雨が降ったので場所が変更になった。

娘が、天気で変わったんだね。って言ってた。

なんか、ほー。って感心するようなこと言ってたのですが

忘れてしまいました。。。 

 

 

原爆投下、当初の予定では、

北九州の八幡製鉄所が狙われていたんですよね。確か。

私が通った北九州の朝鮮学校があった場所です。

いまは、取り壊されて、もうないけど。

 

工業地帯の決して空気がきれいとは言えない場所に学校はあって

でも、大きな病気もしてないし、

人間の生きていく力って人知を超えた所にあるんじゃないかな。って

個人的には思ってます。

生命には、はかり知れないパワーがある。

 

 

 

人間が頭で考えることなんて

自然界からしたらちっぽけじゃないですか。

こんな言い方したら、アレだけど、

人間って所詮、自然の一部っていうか。

 

だから、自然界の大いなる生命によって活かされてるってこと

わすれちゃいけない。って私は思うんですよね。

自然界への畏敬の念というか。そういうの。

 

 

 

 

子どもの頃、

はだしのゲンとか戦争系の本とかアニメとかになると

なぜか、見入ってしまってて。ジブリ作品の火垂るの墓とか。

不思議でならなかったのです。

なんで戦争するのかがよくわからなくて。

なんでだろう。ってずっと考えてもわからなくて

不思議で不思議で仕方なかったのです。

 

 

中学生の時、戦争がビジネスのひとつって知った時は

目玉が飛び出るくらい、衝撃でした。

一瞬、意識吹っ飛んだ気がする。想定外すぎて。

想定もしてなかったけど。。。

ただただ、不思議だった。

戦争する人たちの頭の中ってどんな感じなんだろうって。

 

 

母が撮った楠木。光たっぷりでどっしり。って感じ。
母が撮った楠木。光たっぷりでどっしり。って感じ。

 

 

なんか、昨日の出来事の一連の流れを記事にしたかったのに

また寄り道しちゃった。。。

 

続きは、また明日にしよっ。

明日は、しし座の新月ですね。

 

みんながそれぞれの輝きを思い出しますように。。。☆☆☆

 

 

 

 

おわりに、詩のご紹介♡

過去記事から転載です。

 

おそらく10年程前の記事なんじゃないかと。

よく冬になると谷川俊太郎さんの

詩をよんでいた時期の記事だと思います。

 

 ↓  ↓  ↓  

 

私は、谷川俊太郎さんの詩が好きです。

谷川さんの詩を詠んでいると、不思議な感覚が訪れます。

私は、その感覚が好きなのです。

 

ちょうど冬の夜明け前の

まだ人々が動き出す前の静けさの中、

ひとりでぼんやりと散歩している時に感じるような感覚。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 『  水  』

 

淀むものの深みに

流れていくものがある

 

湛えるものの底に

溢れようとするものがある

 

透き通るものが

一夜にして濁る

形なく漂うものが雫となってしたたる

 

掌ですくう一杯の水に

私たちの生のすべてが映っている

その眩しさとその

身を切るような冷たさ

 

 

(谷川俊太郎詩選集3/谷川俊太郎/集英社文庫)より