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vol. 303 バーストラウマ

 

この記事 に貼り付けた曲を聴きながら

記事を読み返していると、ふと、

昨年の春から始まったカオスの旅の一連の流れって

人が産道を通って外の世界に出てくるときの苦しみなのかなぁ。

って思ったんですよね。

 

 

母親は、十月十日、自分とは別の生命体を抱えて

ある意味、自分自身へのからだに負担をかけて過ごすわけですが

人が生まれてくるときは、母子の共同作業で

どちらも、命をかけて、生まれてくるのですよね。

 

それが、自然分娩であろうと、そうでなかろうと。

 

 

 

最も安心していられるであろう

お母さんのおなかの中から、狭い狭い産道を

ゆっくりゆっくりと、あるいは、人によっては大急ぎで

外の世界の光に向かって、通ってきます。

 

へその緒でつながっていた関係が離されて

その時点で、ある種のひとり立ちが始まります。

 

このプロセス自体が

トラウマになっているという観点もあります。

そういう意味では、生きている人、みなが

大なり小なり、同じトラウマを抱えていることになりますね。

 

みな、ある種の同じ道を辿って生きているのですよね。

そして、生まれてきたと同時に、死に向かっていきます。

 

 

いずれ死にゆくいのちです。

生まれながらにして、みな、

すでに、痛みを抱えたいのちです。

 

傷口に塩を塗り込むような争いや戦いが

私たちに必要でしょうか。

 

わたしたちに、必要なのは、

愛や希望、信頼、安心感などではないでしょうか。

 

 

 

愛とは何でしょうか。

 

私は、まずは、自分自身を慈しみ

自分自身を満たし、自分自身が喜びの中で生きていくことに

集中することではないかと思っています。

 

娘にも、まずは、一番に自分のことを好きでいてね♡

と、幼い頃から伝えています。

 

画像は、昨年の七夕に、読み解き(リーディング)に合わせて

娘に渡したラブレターです♡♡♡

 

 

 

 

 

以下、順に、記事作成中に流れてた曲たち。

↓  ↓  ↓


DIALOGUE+DIARY

「そんれのプシュケな日々」

カオスな私の日常が、誰かにとっての光になってるといいな。

と祈りながらブログ、気の向くままに、更新中です。

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