OP. 239 想いと祈りと場のエネルギー

 

もうすぐ、311の大惨事から9年ですね。

当時、娘はまだ生後4ヶ月だった頃です。

 

正直、育児に必死で

心身共にいっぱいいっぱいで、当時、ニュースを見ても

どこか遠くの国の出来事というか、

目の前の生活をこなすことで精一杯だった。っていうのが本音です。

 

 

4月には、熊本地震から4年が経ちます。

最近、娘が、熊本の話を聞くと

泣きそうになると言っていますが。

 

娘にとっては、生まれ育った故郷ですから

何かしら、私とは、また違った、

熊本への想いというものがあるのかもしれません。

 

私にとって、この9年間は

大きな学びと気付きの時間たちでした。

修行そのものだったように思います。

 

いまとなっては、すべてがいい思い出だし

この間の時間たちが、

私を一回りも二回りも大きくしてくれたのは間違いない。

 

 

そういう意味で、感謝しかありません。

精神大破壊した、昨年の2019年という年も。

以下、FACEBOOKより「過去の今日」を移動です。

 

現在、世界的に、大変革期といいますか

大変容期といえばいいのか

全体として大きく時代が変わろうとしている

ちょうど節目に在るのではないかと思います。

 

それぞれが、時代の変化にのっていくために

新たな時代を生きていくための

生き方を問われているのだろうと思います。

 

季節の変わり目に体調を崩す方が

割と多いのではないかと思いますが、

規模は違えど、時代の変わり目というものも

破壊と再生の間に立っているという意味では

不要なもの、時代に見合わないものは淘汰されていくのかもしれません。

 

これこそが、厳しい自然界の掟のように思います。

 

 

 

 

こういう時程、

人々の本質が明るみになるのではないかと思います。

緊急時にこそ、

その人の器の大きさが浮き彫りにされるように思います。

 

そして、その大小に

いいも悪いもないのだと、個人的には思っています。

 

 

 

 

ただ、30歳以降は、それまでの生き様が

現れ出るとも思っています。

いざという時の判断力などは、

一朝一夕で成り立つものではないからです。

 

同じ長さの時を過ごしていても

どのように過ごしてきたか。

どのように過ごしているか。

という「意識」的なものが

「人生の質」を生み出すのではないかと。

 

そして、何をもって「人生の質」とするのかは

個々人の「価値基準」によるのだろうと思います。

 

 

 

 

 

昨年の大きな気付きのひとつは、

ひとりひとりの「想い」が

「場のエネルギー」を創りだしている。

ということです。

 

私は、これまでがそうであったように

これからも、変わらずに、

平和なエネルギーを共有出来る方とのみ

関わっていくことを選択します。

 

同時に

ひとりでも多くの方が幸せにこころ豊かに

お過ごしであることを祈ります。

 

 

よろしければ、

過去記事も併せて読んでくださると嬉しいです。

(画像をクリックすると、記事に移動します)


 

 DIALOGUE+DIARY

「プシュケダイアリーの楽しみ方」

 

この場のすべてが

「 宇宙意識 」「 集合(無)意識 」からの

メッセージとなっております。

 

タイトルから最下段のカテゴリ欄までを

どうぞお楽しみください。

カテゴリ欄の気になるキーワードをクリックしていただきますと

関連記事ページに移動します。

 

 

ブログ記事一覧は、下記アドレスをクリックしてください。

➡ https://www.psyche-sonre.com/ぱくそんれのプシュケな日々/ 

 

 

 

★ DIRECTR's PRFILE ★

  ver. パロディ

  ver. リアル