Op. 31-05-2020-4 感性と感覚の両輪でいく

 

 

5月がおわっていく。

明日から、2020年の折り返し地点までの

前半最後の月を迎える。

 

濃厚過ぎた2019年から2020年春にかけての

時間たちをきっと私は忘れないだろう。

 

 

 

 

人生の大きな

ターニングポイントであったには違いない。

 

18歳の頃から、40歳になるのを楽しみにしていた。

何があるのかはわからないけど、なんとなく40歳に

何か大切なことがあるような気がしていて

その時に、自分を誇れるような生き方がしていたいと

思いながら過ごしてきた。

 

 

 

現実は、技量のなさにもどかしさを感じたり

何気ない日常のひとこまに幸せを感じたり

誰かのふとした一言に感動したり

育児のストレスと娘の成長の挟間で

気力だけで呼吸をしている時間があったり

 

誰かのこころない言動に憤慨したり

誰かのやさしいひとことに涙を流したり

友人たちとの人生の何の役にも立たないような

くだらない話でおなかが痛くなるほど大笑いしたり

 

ドレスアップとは対極的な

「質素」ということばがよく似合うような

わたしの日常は、私にとっては

どの時間も宝のような時間であり

かけがえのない時間であり何の後悔もない。

 

後悔だけはしたくないと、

そこだけは意識的に過ごしてきた。

 

 

 

 

それは、まだ私が結婚前の同じ年に他界した

父方の祖父の葬式と母方の祖母の葬式の違いを

この目で見て、そこから感じ、観じることが

大きかったからである。

 

 

ずっと同居していて可愛がってくれた祖父の死に目に

私は会えなかった。

私たち家族は、葬儀場の隅っこで葬儀に参加した。

そして、そこに長男である父は居なかった。

 

 

数日前、めずらしく祖父が夢に出てきた。

私は、祖父の死を現実のものとして受け容れるのに

年以上かかったことを、ふと思い出した。

 

そして、

別居生活が長かった日本人である祖母が

祖父が他界後も「世界で一番、かっこいい。」と

嬉しそうに言っている祖母の姿を思い出した。

 

私にとっては、祖母のように

ひとりの人を愛しぬく人を見ると

とても真似できなくて、すごいという言葉しか出てこない。

 

 

 

 

 

昨年は、

朝鮮半島から渡ってきた

在日コリアン1世であり

親が結婚相手を決め、

式当日まで顔を知らなかったという曾祖父母、

 

いわゆる国際結婚をした祖父母

そして、在日コリアン同士の両親、

3世代同居の中で育った幼少期からの

いろんな出来事を思い出すことが多かった。

 

そして、それは、熊本地震の後、

物置部屋と化していた住んだことのない実家の部屋を

片付けていた時にみつけた

「3歳の私」の写真を見た時に、理由もなく、

ふいに流れ出てきた涙から始まっていた

魂をめぐる旅であったのであろうと思う。

 

 

 

 

地震後、もどかしさの中で

時空感覚すらわからなくなる中で

時間だけが過ぎていた一連の流れに

いま、ようやく、終止符を打てる気がしている。

 

とはいえど、人生は連続した時の中にある。

一区切りというのは、

私の中のストーリーでの話であることは

いうまでもない。

 

2020年という時の中の

陽の気が最大となる夏至が刻々と近づいてくる。

 

そして、気付けば、あっという間に年末なのだろう。

今年のおわりは、木星と土星のコンジャクションという

天体界では大イベントが待ち構えている。

 

その頃、私は、何をしているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

昨日、テレビで懐かしすぎる藤井フミヤさんの

「TRUE  LOVE」という曲が流れていました。

いま、私が高校時代に流行っていた曲が

再燃している気がしているのですが、

たまたまそういうのを聴いてるだけなのかな。

 

音楽は、いいですね♪♪♪