Op. 144 マイノリティーであるということ

 

在日コリアン3世?4世?として

この世に生を受け、生まれた時からマイノリティ―である私は

日本人の祖母が、在日コリアンコミュニティーでは

マイノリティーであったこと、

朝鮮学校に通わなかった母が、朝鮮学校のコミュニティーでは

マイノリティーであったこと、、、など

あらゆる立場のマイノリティーを観てきた。

子どもの頃から。

 

 

 

 

20代の頃に通った

カウンセリング研修会で可愛がっていただいていた方と

結婚の話になった時に、

「在日は日本人と結婚することにタブー的なものがある」と言ったら

「朴さん、それ、逆差別だと思うよ」と言われてハッとした。

 

こども時代、母方の従兄弟とケンカになると

朝鮮学校に通っていないことを「在り得ない」と罵った。

教育のなせる技はすごいな。と思う。

 

 

 

大学時代、児童心理学の講義で絵本がたくさん紹介されたのだが

その時に知った「23分間の奇跡」という本を

いまでも、大事にとってある。

昨年、アルケミークラスの初回で紹介した。

 

「教育」というものを考えさせられる本で

短編小説で読みやすい物語である。

そこには、「教育」や「戦争」そして「人間心理」「尊厳」など

生きていく上で、誰もが一度は考えるのではないかと思う

深いテーマがたくさん盛り込まれているように私には観える。

 

 

 

 

私は、マイノリティーであることは強みのひとつで

ラッキーだったな。と思っている。

 

それと同時に、マイノリティーたちの立場の弱さや

もどかしさなども、よくわかるような気がしている。

 

 

 

 

私は、心理の道に自らが希望して入った訳ではない。

薦められるままに、何も考えずに選択した。

 

でも、いま、自らが辿ってきた道に

自らが救われているような気がしている。

だからといって、心理の道が絶対だとは思わない。

 

傷ついた心が癒えていくには

時間が解決してくれることが多い。

と、いま、あらためて、そう思う。

 

 

繊細な人たちが、現代社会で生きていくには

あまりにも社会は雑多すぎるのかもしれない。

 

 

 

 

時には、社会に対して声を上げる必要があることもある。

しかし、上げたところで大して変わらないことも知っている。

それは、常に、マイノリティーでしかない立場にずっといて

そこから、いろんなことを観察してきているからに他ならない。

 

そして、マイノリティーというのも

立ち位置によって、その対象は変わってくる。

 

 

心理職を生業としていくのに

何をどう発信すればいいのか。

ここでずっと立ち止まってた私がいる。

 

この1年、発信してきたことで

あらゆる世界を否定することとなった。

一番、したくなかったことをした。

 

自らが蒔いた種は自らが刈り取らねばならない。

それを覚悟の上で、これからも発信していくのだろうと思う。

在日コリアンという、どこに行ってもよそ者扱いされる種族にとって

社会問題とは、生活の一部である。

そして、私は、そこに、めんどくささを感じる事はあっても

まっ、そんなもんだよな。と、どこか冷めた目で見ている。

 

戦いは戦いを生み出すだけなのだと思う。

歴史を観れば一目瞭然である。

 

戦いの先に在るのは血と涙以外に

何かあるのだろうか。と思うのは、私だけだろうか。

 

私は「無知の知」という視点を大切にしていたい。

その上での発信であることには自覚的である。つもり。




#セルフケアの方法も

#それぞれ♡

#世間一般的な論が

#当てはまらないケースもあるのです♡

 

#知によると

#観えなくなる世界があるかもしれませんね♡

 


#過去のプシュケ☆ラジオ

 


 

 DIALOGUE+DIARY

「プシュケダイアリーの楽しみ方」

 

この場のすべてが

「 宇宙(超)意識 」「 集合(無)意識 」からの

メッセージとなっております。

 

タイトルから最下段のカテゴリ欄までを

どうぞお楽しみください。

カテゴリ欄の気になるキーワードをクリックしていただきますと

関連記事ページに移動します。

 

 

ブログ記事一覧は、下記アドレスをクリックしてください。

➡ https://www.psyche-sonre.com/ぱくそんれのプシュケな日々/ 

 

 

 

★ DIRECTR's PRFILE ★

  プロフィールはこちらです