私が教育に思うこと。

 

 

教育の影響というものは、

とてもとても大きいと私は思っていて

 

横並びの個性尊重など無いに等しい教育がまだまだ多く

幼少期から感性や情緒を育むような時間よりも

知識などを詰め込むような教育が、素晴らしい教育だと思っている方々が

まだまだ大多数を占めるのかなぁ。と思うような現状で

 

個人的には、人間の発達過程を考えた時に

その子その子に必要な学びのカタチというものは

当然、違ってくるのではないかと思っています。

 

ある意味、理想中の理想って感じではありますが。(;^_^A

 

 

 

 

大学時代だったと思うのですが

モードファッション誌が好きで、

何度も何度も同じものを隅々まで読み込むような時期があって

そこに「こどもたちの未来のために残せるものは何か」

という特集が組まれておりまして

 

なんだろうと考えながら、世界各国の有名な

いわゆるセレブといわれる方々の意見を読んでみると

「教育」と言っている方が多くて

 

私は、個人的には、自然環境かなぁ。って思っていたので

なるほどなぁ。と腑に落ちていく感覚があって

その時の身体感覚といいますか、「そっかぁ。。。」って

深いところに響いていく感じがあったので、よく覚えています。

私の通った九州の朝鮮学校は

偏った思想教育がベースにはありましたけれども

それでも、受験戦争のようなものもなく、

 

割と全員が発言できる場があったり

朝鮮半島に伝わる文化芸術の継承という意味で

カリカリとお勉強する。というよりは、

 

芸術的なことに関する時間は

多かったほうなのではないかなぁ。と思っています。

 

 

心理の勉強をしながら、

いろんな方の人生の一部に深く関わらせていただきながら

過去を振り返ってみますと

 

そういった学生時代に過ごした時間が、

ベースにあって良かったなぁ。って思います。

 

 

特には、幼稚園時代は

田舎の自然の中で農作業の時間があったり

裸足保育であったり乾布摩擦の時間があったり、

泥遊びの時間があったりとからだをめいっぱい使うような、

 

乳幼児の発育には素晴らしい環境の中で

育つことが出来たのだなぁ。と、時が経てば経つほど、

とてもとても贅沢な時間だったんだなぁ。と思えるような

環境で過ごせたことが

いまの自分自身の大きな土台となっていて

 

娘にも同じように、

からだ全体で生きていくことを忘れずにいて欲しいなぁ。

と、ここだけはずっと変わらずに思い続けていることです。

 

 

 

 

頭を使った勉強というのは、

本人がその気になれば、

遅すぎることはないのではないかと思っているのですが

 

身体感覚というものは、そこに抑圧があったり、体験が少ないと

おとなになってからでは遅いこともあるのではないかなぁと

個人的には、そのように思っています。

 

 

 

 

それも、どちらがいい悪いではないですが

「人間」という動物という視点で観た時に

身体感覚が閉ざされていないからだというのは

自己防衛という観点からも、自己成長という観点からも

とてもとても大切なことなのではないかなぁ。と、私は思っていますし

娘には、ずっと、ここは変わらずに伝え続けるだろうなぁ。って思います。

 

文字数オーバーで投稿出来なかった分を

こちらに記録として残します。

 


 

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