経験からの学びと気付き

 

 

「一部を観ると全体がわかる」という

「フラクタル」という観方がある。

 

昨年(2019年)、「自然療法」を謳っている

あるコースに参加した。

そこに通いだして、意識がおかしくなり始めた。

 

 

 

 

テキストを読みなおしてみた。

 

 

昨年のコースに参加した時からここまでの一連の流れを

冷静に冷徹に振り返ってみて

 

主催している人が、(私から観ると)

ぐっちゃぐちゃな内的世界を

生きているということがよくわかる。

 

そんな風に、

心理士として「見立て」ている。

あくまでも「見立て」ではありますが。

 

 

 

 

私は、簡単に、主観だけで瞬時に

人を決めつけたりはしない。

 

昨年、同時期に、

妹が、その人の「健康相談」を何度か受けていた。

冷静になって、どんなセッションだったかを聞いてみた。

 

素人でも出来るやり方だな。

と、正直、思っている。

 

 

処方された「薬」に「替わる」ものらしい

液体の「処方箋」を見せてもらった。

 

妹が実際に効果を感じたのは、自分でネット上で検索した

「薬」に「替わる」ものだった。

 

 

 

 

これが何を意味するのか。を、「療法家」を名乗る

「自然療法」あるいは、「ホリスティック」を謳う

奇妙な、ある一部の世界に浸っている人たちの

何割が理解するのだろうか。理解しているのだろうか。

理解「出来る」のだろうか。

 

 

日本の実態を知るのに、充分すぎる

昨年からの時間枠であった。と、いまここに来て

ようやく、言い切ることが出来る。

 

治癒に向けて

あるいは、心身のサポートをするプロたちの在り様と

その技術の質の低さと人間性を垣間見れた

1年ちょっとという特別な時間枠。

 

 

 

 

人が「主観」から離れることはない。

それでも限りなく「客観」の近くにいることは出来る。

 

どうやら、この世で生きていくには

猛毒を携えて、

それをばら撒くくらいがちょうどいいらしい。

 

 

それを、私は、昨年参加したコースの

「すごい」先生から教わった気がしている。

 

ぜひ、こちらも併せてお読みください。

 関連記事 

#プロとは思えない人たちが

#プロとして活躍できるのが

#日本の実態

  

 

#「頭」がいいだけで

#「心」を知らない人たちが

# 巧妙で歪な技で「病」をつくれる国

 

#そういう人たちが

#「自然」療法家とか

#「ホリスティック」を堂々と謳っている。

 

#「病」を創るのが特技のように

# 私からは観える。

 

#プシュケ☆セレクト

 

 

ぜひ、関連記事も読んでみてください。

☞ そんれのセラピスト道

 


 

★ DIRECTR's PRFILE ★

  プロフィールはこちらです