op. 1007-2020 いのちを基点に美意識と共に生きる

 

美意識って、主観の最もたるものなのだな。

と、思いつつ、それを「いのち」という観点から観た時に

すべてのいのちによることは不可能に限りなく近いように思うけど

 

「本音」で「心眼」と共に生きていれば

個人的には、

それが「美意識」に繋がっていくのだと信じていて

幸せな生き方へとつながっているように感じる。

 

 

私が、「美しいな」と思うような

生き方をしている方々の生き様を通して学んだことのひとつ。

ジャッジ癖のある人ほど

「違い」を受け入れることが難しいのだろうし

そういうことに過剰な反応を示すような傾向にある。

 

これは、長年、あらゆる「人間」を観察してきて

そう思います。

 

 

 

 

詩人の谷川俊太郎さんが

時には声を上げないといけないこともある。

と言っておられた記事を、時々、思い出す。

 

いつか記事にしたいと思っているのですが

同世代のあるお医者さんの存在を知った時に

私は医者ではないので、同じような表現は出来ないけれど

 

それでも、曲がりなりにも心理の世界に浸り続けてきて

そして、幼少期から

「在日コリアン」というマイノリティーを生きてきて

同じような想いで発信できることがあるな。と思っている。

 

 

 

 

そして、私が尊敬してやまない

娘が通う学園長の堀真一郎先生が

創り上げてこられた世界のエッセンスに

とても共感するものがあるので

 

私自身のフィルターを通して

私だからこそ、

こどもたちに伝えていけることもあるのではないか。

とも、思っています。

 

 

こどもたちが幸せに生きていく世界を創るには。

と、20代の頃から、毎日、欠かさず、考え続けてきての

「いま」があります。

 

そのための、大河の一滴で在りたいという想いを抱えて

セラピストとして細々とでも続けてきた経緯があります。

 

 

 

 

わたしたちは「関係性」を生きています。

そこにこそ「ホリスティック」の真髄がある。

と、私は、そのように思っています。

 

 

よって、関係性を放棄した人間が

歪な攻撃とも、陰湿な虐めとも取れるような行為を向けてきた際には

自らの尊厳を守るために、

同じことを、その方々に向けて

その姿をお見せするようにすることにしました。

 

その方々の「鏡」として。

 

 

 

 

私は歪な行為を向けられて

自分の胸の内におさめるようなお人好しではありません。

 

「いい人」でもないし

「きれいごと」を生きてもおりません。

 

 

 

 

蒔いた種は刈り取るようになっています。

それは、あらゆる意味で。

 


 

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