op. 1021-2020-05 「自己対話」という豊かな時間

 

 

意識にもあらゆる層があって

それは、誰の中にもあって

どの層から観るかで、同じ時空間にいても

世界は違って観えることがあるし

それを、時に「気付き」というと、個人的には思っているのですが。

 

 

そして、意識をピンポイントに絞って観るのか

広範囲で観るのかで、観え方は変わってくるし

専門職によって、表現方法も変わってくるなぁ。

って、思ってます。

 

 

 

 

同じ「私」というひとりの人間が書いてる記事も

「個人的な経験」として書くこともあるし

「メッセージ」として書くこともあるし

「出来事という事実の表記」である場合があるし

「内的世界の真実の表記」である場合もあります。

 

 

 

 

アートな世界は、「文字」「言葉」を使わない

抽象的な世界で、そこに、「感じる」世界があるなぁ。

と思うのですが、

 

そして、「文学作品」のようなわかりやすい形態だと

それを前提に読むので、そこにも、また「感じる」世界が

存在しやすくなりますが

 

これが、無名のどこの誰だかわからないような

私のような人が「記事」という形態をとると

そうとは読まれないことが多いなぁ。と

いろいろ思うことが多く

 

人がいかに「思い込みの世界」という

「主観」を生きているか。

ということが、よくよく、わかります。

セッションなどを受けてくださるクライアントさんの

言動に、時々、不思議だなぁ。と思うことがあって、

 

それは、私の個人セッションは、

通常の対人関係でおこなわれるような

「会話(コミュニケーション)」とは違って

 

自分のこころとからだの声を聴いてみましょうか。

っていう「対話」の時間なのですが

自分のこころとからだの声を

「他人事」のように話す人って少なくないっていうか

 

へ?自分のことなのに

他人事?って思うことがあります。w

 

 

 

 

自己対話を厳しい時間のように感じる人が

多いんだなぁ。って思うことは多々ありますが

自分のこころとか身体感覚を細やかに観察するって

むちゃ、楽しいのに!!!って思う私がいます。

 

 

怒りで脳の血管キレそうな時とかの

身体の内部の動きとか含めて。www

 

 

 

ただの変態なのでしょうか。。。

 

自己対話とか自己観察している時って、

「おー!!!」ってなること多くて

私は、楽しいなぁ。って思うのですが。


 

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